初めての方へ

はじめまして。

「商品やサービスに自信はある・・・でもお客様に伝えることがとっても苦手!」

「そもそも、何がダメで相手に伝わっていないのかが分からない!」

こうした起業家や小さな会社の経営者、、、特に、世の中もっと良くしたい!という強い想いはあるけど、ブログやSNSでどう発信していったらいいか分からない。誰に頼ったらいいか分からない。

そんな方を対象に、ブログのコンサルタントとして活動する中村和幸と申します。

このサイトをご覧いただき、ありがとうございます。

このページでは、私のことを初めてご覧いただく方向けに、自己紹介をしています。

理念や、ビジョンに近いものと思っていただければ結構です。

どうぞゆっくりとご覧ください。

 

中村のミッション・ビジネスへの想い

「イメージしていることが、相手に伝わった!」その瞬間の何とも言えない一体感・楽しい感じ、喜びが、私のビジネスの原点。

頭の中の構想を相手にしっかりと届けることは、経営者であれば本来必要不可欠なスキルです。

今の時代、企業だけではなく、個人すらも発信しやすい環境が整いつつあります。

しかし、そこである問題が生じています。

「うまく伝わらない」という問題。

いくらいいものを作っていても、魅力が相手に伝わらなければ意味はありません。

それを解消するためのサポートを行うことが、「仲村屋」の掲げているミッション「伝わる喜びをすべての人に」

  • ブログ運営
  • ライティング・動画
  • マーケティング
  • コミュニティのデザイン

これまでの経験を総動員して、あなたのイメージしている世界観をカタチにしていきます。

  • 自分が体験した物事を、体系化して人に提供する
  • 自分が感動したモノやサービスを、作り手よりも表現力豊かに他者に伝える
  • 本当に心を込めて作っているモノやサービスを、本当にそれを欲している人につながったときの喜び

これらを通じて、あなたと、あなたのお客さまとの「そう!こんな出会いを求めていた!」を叶えることに、私は喜びを感じます。

  • いつも何気なくやっていること
  • 何気なく話していること
  • 本人にとっては「あたりまえ」のこと

当たり前すぎて、今更・・・!?な事であっても、他の人からすれば、それは「とっても貴重な情報やノウハウ」です。

自分ではなかなか気づけない根っこの部分に一緒にアクセスすること。
第三者の観点で、自分という人間を表現することで、より多くの他の人に貢献の輪が広がると信じています。

仕事について

  • ブログ(記事作成から動画編集まで幅広く対応)
  • コミュニティづくり(リアル・オンライン問わず)
  • セミナー(全国各地へ飛んでいきます)

とにかく「伝える」ための手段は様々。ブログという入口が一番多いのですが、そこをきっかけにあなたの「世界観」をカタチにするサービスを展開しています。

「これやりたいんだけど・・・」という想いを引き出し、分かりやすいように並べ替えて、アウトプットすることが得意でして、最近では、企業様にお呼ばれしての出張セミナー、勉強会、コンテンツ作りのお手伝いも積極的にお受けしております。

詳細については、サービス内容のページをご確認ください。

 

興味をもって、いろんなことに取り組んでしまう性格上、「将来的には総合商社みたいになるだろうな・・・」と見越して、屋号を「仲村屋」と名付けました。

名前の中村をもじって、たくさんの人と関われるように「仲」を、

「村」は、コミュニティや社会との繋がりを

「屋」は、個性のある個人商店のようなイメージと、日本的なものを表現したくて。

そんな想いからこの仕事を2017.6よりスタートさせました。少々長くなりますが、私の人となりを知っていただくために、どんな足跡をたどってきたのかをご覧いただければと思います。

生い立ち

ド田舎でのびのび育った幼少期

住人が100人もいない、福井の海沿いの田舎生まれ。さすがにテレビやラジオはありましたが、携帯の電波は微妙にバリ2!

遊ぶといったら、海かマンガ、ゲームぐらいでした。

Kazuyuki Nakamuraさん(@naka668)がシェアした投稿

(↑実家の海。妹&甥っ子と)

幼いころは、田舎ならではの外遊びに加えて、室内遊びも満喫。

両親が無類のマンガ好きで、庭にマンガを収納したコンテナハウスがドーンと設置されていたんです。

ひたすら読み込んで、いろんな世界観に触れていました。釣りキチ三平や、風の大地、ゴルゴ13や、サバイバル、などなど、、、

母曰く「山や海にあちこち連れて行って遊んでいた」とのことなので、小さいころから色んな世界観に触れさせてもらっていたのかもしれません。

また、同級生の人数はなんと9人!

過疎地だったので小中一貫の校舎。計9学年が同じ場所で学ぶというなんとも田舎ならではのクラス編成で、学年の垣根を越えてのびのびと自由に過ごしていた時期です。

プログラミングを学び、論理的な思考を育てる

ゲーム好きが興じて、高校に入るとプログラミングを専攻することに。そこで、ロジカルシンキングが育っていきました。

論理的な思考がプログラミングには必要で「材料123を集めて→Aをして→Bをして→Cをすると→Dになる」

このように、素材を用意して、順番に物事を進めていくと、理想の結果が得られる。

こうしたものを体系化する勉強に、しっかりと取り組みました。結果、プログラミングで全国大会に出場した経験も。

 

課外活動では部活には入らず、放課後は友人とギターを鳴らす日々。時間だけはたくさんあったので、練習に明け暮れて、文化祭で1000人の前で演奏したり、5バンド掛け持ちをするなどの活躍もこの時しました。

(*翌年から、バンドの掛け持ちは禁止されたそうです笑)

ただ楽しくて没頭してたら突き抜ける一方で、妬まれることもしばしばあって、「人ってなんでそんなことでいちいち気にするんだろう?」と、どこか冷めて、孤独感を味わっていたのも、この頃です。

結構頑張ったサラリーマン時代

入った会社で「仮面生活」を送る。

高校を卒業した後の就職先は、大手の研究開発機関でした。

友人からは「いいなぁ、給料も良くて一生安泰!いい会社に入ったなぁ!」などと言われ「ふーんそうなのか」と思っていましたが、いざ仕事がはじまり、配属された先の上司や先輩から、「社会人とはなんたるか」という厳しい指導を受けます。

入社直後で、右も左も分からない新入社員。ましてや高卒の18歳のガキんちょです。楽しいと感じることを好きにやって育ってきただけなので、当然社会の「普通」とされるルールや、「普通の」上下関係なんかも分かりません。

そもそも、叱られる理由が分からないのです!!!

いつしか自分を押し殺して、「相手に合わせる」スキルを、知らず知らずのうちに習得していました。

「本音を言ってはいけない」

「やりたいことは、やらない方がいい」

まさに、仮面をかぶって、自分ではないキャラを演じながら会社に通う毎日を送っていたのです。

一目惚れして猛アタック、結婚へ

19歳のころ、職場の先輩の女性に一目惚れ。

彼女のふるまいの面白さに惹かれ、何度も猛アタック。

念願が叶い、めでたく、お付き合いすることに。そして24歳のときに、結婚へとこぎつけます。

プライベートで幸せなひと時が訪れたものの、会社では長時間労働に縛られる日々が待っていました。

実は会社には、「結婚するとハードな部署に飛ばされる」という噂があったんです。

 

まさかと思っていましたが、結婚した瞬間に、本当にハードな部署に異動することになってしまい・・・。

定時に出社して、2時、3時まで仕事をして帰る。新婚なのに、奥さんと一緒に晩御飯を食べられないことが半年間、続きました。

でも真面目なんで、やっぱりきつい部署でも仕事に打ち込んじゃってしまいまして・・・。

仕事が忙しすぎる原因を探って自主的に解決に導く

「なぜ、こんなに仕事効率が悪いのか?」

「なぜ、いちいち手探りで仕事をしないといけないのか?」

「前任者の引き継ぎ書は、A4資料で5ページぐらいだったのに!!!話が違う!!!」

何度そんな風に心の中で叫んだことか・・・笑

 

そう、その職場には仕事のマニュアルがなかったのです。

「事務方の仕事の成果は、やって終わりじゃなくて、そのマニュアルを残して初めて成果だよ」

あるとき、尊敬する先輩にこう言われ、衝撃を受けました。

そこから、自分の仕事のマニュアルを、作業の合間を縫って作ることに取り組みます。

 

担当する仕事のマニュアルを「全て」作り、カレンダーに同期。

本店に配属になったときも、全社の決算担当者向けのマニュアルを整備。

「この通りやれば決算なんて難しくない」というレベルまで徹底的に作りました。プログラミングで培った論理的思考が活きています。

結果、無用な問い合わせが激減。帰宅時間も、定時に近い時間まで短縮することができました。

私だけでなくて、同じ部門の同僚もです。

働きすぎて自我が芽生える

自分自身の知識や経験をドキュメント化して、後の人のために残すこと。これを徹底的にやってきたのが、私のサラリーマン時代でした。

誰かの役に立てているというのが嬉しかった気持ちはありました。たくさん仕事をこなしていた分、「働いている」感じも得られてはいました。

 

ですが、徐々に「このままずっとここで働いてていいのか?」との思いが生まれます。

部署を異動して、真面目に仕事をして、よいポジションを取る。この会社で一目置かれるやり方は大体分かった。

「じゃあ外の世界に出たらどうなんだろう???」

もっと力を試したいとの思いがくすぶっていました。

 

また、職場では、色んな人を見てきました。仕事ができる人も、できない人も。

高学歴の彼らより、結果のみえる・時短につながる仕事をしても、それが給与に反映されることもなく、この会社にいたまま60歳になる自分の姿にも大体予想がつく・・・。

 

なにより!仕事効率を上げれば、人員が削減される!!

「何なのこれ?」

行きたくないランキングトップ10ぐらいに入るハードな部署に所属していましたが、そこからさらに、もっと大変な部署への異動の話を冗談で言われたときに、ハッと冷静になりました。

「このままじゃダメだ。自分で武器を持たないと!」

資格取得や副業に手を出すがどれもうまくいかない!

まずは転職サイトに登録してみたり、いろんな企業をネットで見てまわるところから行動をはじめました。

けれども、専門スキルもないし、結局よくわからない!!!

ずっと総合職として経理をやってきていたので、税理士だったらよさそうだと考え、資格の勉強にも取り組みました。

半年ほどやってみましたが、それも見事に飽きてしまい、自分のやりたいことじゃない、ということがハッキリしました。

 

そして、株やせどりにも挑戦してみましたが、それも大してうまくいきません。

大好きなスノボをきっかけにブログの世界へ→唯一うまくいった。

迷走している間も、会社での激務は続いていました。

この消耗戦の日々から脱却しようと、休日に片手間でできることを・・・ということで、趣味でブログをスタート。

当時(今も)ハマっていた、スノーボードのハウツーを教えるブログを立ち上げたのです。

立ち上げる前に、テーマもある程度、リサーチしました。

いろいろ調べた結果、たくさんある初心者向けのサイトではなく、あまり見当たらなかった、「スノボの中上級者を対象」へとテーマを絞ることに。インストラクターになれるぐらい上達した経験が活きると感じたのです。

自分の発信したい内容と噛みあってて、競合も少ないし需要もありそうだな、と感じたので、さっそくブログを開設。当時はネットにハウツーもそれほどなかったので、ほとんどが手探り&独学です。

 

実際にブログ記事を作成する際には、プログラミングの経験や、仕事でのマニュアルを作る経験(自分が会得した「形の無い」ノウハウを、人に分かりやすく文書やイラストを用いて「記録化」すること)を惜しみなく注ぎ込みました。

その結果、1年後には30万pv、2年後には40万pvを達成。

 

また、自分がお金を出して買うモノには非常にこだわる性格でした。

気になった商品は徹底的に調べて買う。

その良いところ、惜しいところを客観的に見つけて、満足できる商品であればそれをブログで紹介する。

紹介するときも、メーカーのHPに詳しい情報が乗っていなければ、誰よりも詳しく、丁寧に書く。

そんなことを意識してやっていました。

(ブログがきっかけでたくさんのユニークな仲間にも恵まれる)

今にして思えば、

  • 自分が感動したモノやサービスの魅力を客観的に伝える
  • そのモノやサービスを欲している人が、その情報にアクセスし易いようにwebページを作る

こういった「つなげる」活動を自然とやってきて、実績を積み上げていったのです。

スタートしてから2年。

アドセンスやアフィリエイトなど、ブログを通じての収入が、ついに月に20万円に到達。

ブログをはじめてからここまで、かなり必死に活動していました。

会社でも働いていましたし、この当時、ブログ仲間をつくることや、誰かに助けを求めることについてはかなり下手くそでしたから。

とにかく当時の職場を辞めたい一心で続けていた感じです。

フリーランスの道へ

環境を変える決心をする。

ブログで稼げるようになったものの、会社をスグに辞めることができないでいました。外の世界に飛び出て、やっていける自信も確信もなかったのです。

ですが、あるブログを読んだとき、この言葉が刺さりました。

「月に五万円でも十万円でも副収入があったら給料ちょっと落ちたっていいじゃない」

確かにその通りだなと。

また、似たようなタイミングで、社外の友人からこう言われます。

「ブログでそれだけ稼いでるだけでもすごくない? 十分立派なスキルだよね」と。

そこで初めて自分に自信が持てました。

ようやく「もう会社辞めよう」と、腹落ちした瞬間。

自分には価値があるんだ!と、やっと吹っ切れて、晴れ晴れとした気持ちになれたことを覚えています。

大阪へ引っ越し!人生が目まぐるしくまわり始める

2016年4月、あきんどの街、大阪へ引っ越しました。

商売のスキルを学べるし、美味しいごはん屋さんもたくさん。

笑顔で暮らせる街だと判断したので、いそいそとやってきました。

まずは物販の業界に入り商売の基本を学びつつ、コーチングの勉強などもゴリゴリと実践。

(写真で見ると楽しそうですが・・・)

人の話を聴くスキル、人を力づけるスキル、人前で話すスキルをここで得ました。

ただ、この時期は精神的に一番きつかった気がします。

「マトモに働かないで何してるの?」と、周囲からそんな視線を感じることも、、、。

ぐっと耐えて、在り方を徹底的に磨きました。

2017年4月オンラインサロンを活用して活動が加速

「このサロンを日本で一番にする!」鳥井健吾さんの本気の想いに共感して、マーケティング実践系のオンラインサロン「ファーストペンギン大学」へ入会。

ブログを書いてきた経験や、既に自身のオンラインサロンを運営してきた経験をもとに、メンバーに対してていねいに書き方を教えていたら、いつの間にか「アニキ」キャラが定着。

学長であるトリイさんにインタビューされる、オウンドメディアの編集長に抜擢されるなど、オンラインサロンの中で目立つポジションへと躍り出ます。

(手前右が中村)

なによりも大きかったのが、たくさんのアツい人や先輩経営者、同じ志を持つ仲間との出会い。渇望していた環境でした。

夜な夜なオンラインミーティングを行うなど、大学メンバーとのコミュニケーション量が飛躍的に増加。

(初年度の文化祭でファーストペンギン賞を獲得)

オンラインなのに、こんなにアツく語れる仲間ができるなんて、驚きを感じました。この時、「パッション」という愛称を命名されます。

「ブログ集客コンサルタント」誕生!全国へセミナーへ

ビジネスをしていく上で、プロフィールなどを整えたのは、このタイミングでした。

トリイさんのオンラインサロンの仲間の中には、すでに事業を立ち上げて、それを大きくしているような経営者がいらっしゃって、いろいろ教えてもらえたのです。

「ブログ集客コンサルタント」という肩書もこのころ掲げました。

当時、本気でビックリしたのですが、プロフィールを変えただけで、問い合わせが激増したんですね。お仕事の依頼にもつながるなど、ちょっとした行動が、大きな変化をもたらしてくれました。

きちんとプロフィールを整えられた背景には、売れるきっかけを作るコンサルタントとして大活躍されている青山華子さんの存在が大きかったです。

いろいろと教えていただき、本当にお世話になりました!!!

 

プロフィールを整えた後は、リアルでのコラボセミナーを各地で開催。

大阪はもちろん、東京や名古屋、福岡など、主要都市を飛び回りました。

(福岡出身のブロガーなっちゃんとのコラボセミナー

フリーランスで活躍するにあたり、ブログについて、リアルのセミナーで教えている人ってあまり見当たらなかったので、「多分ここに勝機はある。やってみよう」と決心。

 

月に2回セミナーを半年ほど続けましたが、かなりハードな体験でした。

毎回、違うテーマでのセミナーをするので、コンセプト作りにはじまり、スライド作成、集客、アフターケアなど、やること盛りだくさん。

けれども、いろんな方とコラボさせてもらい、現場をこなすうちに人前で話すスキルも身に付き、数多く学ぶことができました。教える人こそが一番学びがあるのです。

働きすぎはダメ!フリーランスあるあるのひとりブラック化

オンラインサロンで知り合った仲間たちと、いろんな企画に挑戦。

海外でのセミナーや、

国内トップクラスの話し手のトークライブ運営に関わる経験も。

やりたいことを手当たり次第に取り組んでいった結果、気が付けばここでも働きすぎ問題が発生!!

 

「あれ?どこにいても同じこと繰り返してるじゃん!?」

 

行動量を増やすことは大事だけど、やりすぎてもダメなんだと、実感しました。

 

その後は、オンとオフを意識して、時々力を抜きながら、中村だから来てくれるという人だけでいいんだな、ということもよく分かりました。

 

万人受けなんて、絶対しなくていい!

 

相性のいいお客さまとのやり取りに徐々にシフトしていくことが次の課題。そう思えるようになりました。

ブログ経由で大きなお仕事がやってきた!

「ブログ セミナー」で打ち出して動いていると、法人企業からのセミナー開催の打診をブログ経由でいただきます。

狙ったとおりでした。

ずっと「ブログ×セミナー」で情報発信を続けていて良かったと、心から思えた瞬間です。ずっとブログを書いてきて学んだことが実証された瞬間でもありました。

サラリーマンを14年もやっていた経験から、大きな組織の意識決定のやり方も良く分かっていたので、頼まれてもいないのに企画書のひな型をその法人用にアレンジして書いて送ると、あっさりとお仕事を受注。意外とキャリアって途切れるようで繋がるんだな。と実感したのもこの時です。

ひとつ目は大手企業で、2か所でセミナーを行い、「来年もまた頼みたいです」というコメントもいただきました。

もうひとつの案件では、3日間すべて別のテーマでセミナーをすることに。

事前にリクエストもいただき、それに合わせた構成でセミナーをしてきました。

しかも、参加者が40~50人と、これまでで最大の人数。

けれども臆することなく話ができ、これまで積み重ねてきたセミナー経験が生きてきたんだろうな、と感じました。

こちらでも、「また呼びたいです」と、いい反応をいただきす。

個からチームへ。新たなステージに突入。

2018年4月。自分一人でできることはたかが知れていることに早々に気づき、個人でプレイヤーとしてやっていくよりも、チームをつくったり、チームをもって活動している人をサポートするのがいい、という考えを持つようになりました。

「個人に対するサポートも必要だけど、もともと影響力のある人に対してサポートをした方が、結果多くの人に貢献することができるんじゃない?」

という知り合いの経営者からのアドバイスに、深く納得。そこからさらに視界が開けます。

 

そのタイミングで、箕輪厚介さんの存在を知り「次はここで学ぼう!」と決心。


箕輪さんは、ベストセラーを飛ばしている本の編集者で、全国をまわって講演などを行っている人。文句なしの日本トップランナーです。

編集に関わっている本をほとんど読み、考えや方向性についてのメッセージが自分の目指す方向と同じことを確かめ、2018年5月。オンラインサロン「箕輪編集室」へ入会(とにかくここは若くて勢いがある!)

 

オンラインサロンだけど、リアルでも集まれる拠点を全国につくる、と打ちだされているプロジェクトに「これだ!」と。

 

トップクリエイターが集まる場で、はじめは圧倒されていましたが、これまでやってきたように、小さな分科会単位からブログや動画など得意なことについてコツコツ教えて、ポジションをつくって、と場づくりを進めています。

生まれ故郷の福井など、地方での「クリエーター集団」構想

オンラインサロンでやってきた小さなコミュニティづくりを、地方の現場でもスタートさせます。舞台は出身地福井県。

(初の地元福井でのセミナー)

どうせ一人で抱えられる仕事量はたかが知れている。だったらそれをシェアしてみんなでスキルアップしたい。

なにより、一人一人のポテンシャルはスゴイ。これを繋げるともっと全体の視野が広がる!

そうしてクリエイティブ集団を育てていきたい。

その集団が、影響力や認知度を高めて、その地その地の発信に悩む企業のサポートができるようになったらいいいな!

そんなことを考えるだけで不思議と力が沸く、、、だったらここをサポートするのが僕の役割なんだだろう。と考えています。

仕事に対する向き合い方

旅行や海が好きで、ネットを主戦場で仕事をしている関係もあるので、よく「南の島でウェーイ」系の人と誤解されます。半分ぐらいは間違っていませんが、実際のところは一人で遊んでても全然楽しくありません。

お互いが素のままで、「ビジネスだけ」という枠にとらわれず、子どもが遊びに夢中になる「かのように」人と人が自然体で振舞える関係性がいいなと。感じている人です。

というより、これからの時代は確実にそうなる。と読んでいますし、それが一番パワーが出るんです。

もちろん遊びと言っても、本気度は高い。

肩の力を抜きつつ、やるときにはサッと集中して取り組んで、やらないときはフワッと解放して。

まるで波乗りをするように、リズムやテンポ、自然の力を大切にして、この仕事に向き合っています。

 

そういう意味では、大好きなスノーボードにも通じるものがありますし、音楽もノンジャンルで好きなのですが、特に!世界を舞台に約100日150公演のツアーを続けているジャズピアニストの上原ひろみさんが大好きで、とっても尊敬しています。

 

昔から慣れ親しんでいた表現の世界、自然体の世界、そこで貢献することで、人を輝かせたい。

自分を押し殺して生きてきた経験があるからこそ、その大事さが強く分かります。

 

その人を行きたい方向にスッと押し出せてあげる「起点」役、「火付け役」が自分にぴったりだな。と腹落ちしています。

中村と関わることで、ずっと昔からやりたかったとこが、面白いように進みだす。そんな何かが始まるきっかけになれればと思いながら活動しています。

 

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

 

中村に興味を持って下さった方は、ぜひこれまでの実績ページをご覧ください。

日頃考えている思考はこちらのコラムにまとめています。